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自分たちの暮す地域は、他所と比較するものではない。そこは、自分たちにとっては世界の中心であり、絶対的な場所である。なぜなら、この地域に生まれた自然や歴史、文化、共同体とともに、自分もまた存在しているからだ。それらと自分自身とは、分離できない相互性を持っているのだ。
以前に、群馬県の上野村に暮すおばあさんに、「この村から一度も出たことのない私が言うんだから、間違いない。この村が日本で一番よい所だ。」と言われて、私はとても感動した。自分を作り出している村は、( )必要もなく、一番よい所である。
人間は、かかわり合う世界の中で、自分を作り出している。この世界は、自分が直接かかわり合う世界であり、その意味でローカルな世界である。「我らが世界」なのである。
グローバル化していく市場経済の中で暮らしている現在の私たちが失っているものこそ、この「我らが世界」であり、自分を見つけ出すことのできる「かかわり合う世界」である。
20 世紀の社会は、市場経済を舞台にして、すべてのものを交換可能なものへと変えていった。交換可能な領域を拡大することによって、市場経済は「発展」し、そのグローバル化を推し進めていったのである。この動きの中に、人間も巻き込まれ、気がつくと私たちは、いつでも他の人々と交換されてしまう労働の世界で働いていた。交換可能な地域で暮しながら、根無し草のように、市場経済が作り出した世界の中を漂流するようになっていた。
市場経済が拡大していく背景には、このような問題が潜んでいた。だからそれは、単なる経済の効率化の問題ではなかった。(略)
より重要なのは次のようなことである。市場経済が拡大すればするほど、私たちは自分の存在をつかみ取ることができなくなること。かかわり合う世界を失ってしまえば、人間は消費され続ける世界に飲み込まれてしまうこと。交換可能な世界の中で、人間自身が、消費され続けるように働き、暮す社会を作りあげてしまうことだ。グローバル化という形で拡大していく市場経済は、人間自体に対して深刻な問題を投げかけているのである。だからこのような時代には、だれもが、自分の確実な存在を見つけ出せないのである。
そう考えたとき、私は上野村のおばあさんの表情を作り出した世界に戻る。彼女は、かかわり合う世界の中で、自分を見失うことなく生きていた。かかわり合う世界が、自分は何者なのかを教えてくれていた。
人間は関係の中で自己を作っている。この関係する世界を見失ったとき、人間は漂流し始める。市場経済は、この漂流する個人を、交換可能な世界に飲み込むことによって、グローバル化を遂げてきたのであった。
「このような問題」とあるが、何を指しているか。
A交換可能な領域を拡大することで、グローバル化が推し進められたこと
B市場経済によって、人間も交換可能な存在として漂流するようになっていたこと正確答案
C市場経済が拡大していったことで、経済の効率化がより進んだこと
D20世紀の社会においても、労働の現場では人身売買が行われていたこと
答案與詳解
